HyARC-VLにおける研究計画と進捗
名古屋大学地球水循環研究センターでは、雲・降水システムを対象として主に事例解析を中心とした研究を実施している。具体的には、ドップラーレーダを中心とした観測結果や、地球水循環研究センターで開発中の雲解像モデル CReSS (Cloud Resolving Storm Simulator)を用いて、個々の降水現象の内部構造や発生・成長過程を理解する研究を行っている(図中の緑線)。「地球気候系の診断に関わるバーチャルラボラトリの形成」における大気圏水循環研究推進チーム(VL推進室:以下 HyARC-VL)では、従来の手法に加えて図中の青線で示される部分への展開を図っていく。これらの展開を図るために5項目の研究課題を設定した。以下にそれぞれの研究課題とその進捗を示す。
(1) CReSSの開発
液相過程(雲水・雨水)への数濃度予報式の導入、時間積分過程におけるセミラグラン
ジャン法の導入、雲物理過程における雹カテゴリの導入、氷晶形成過程の見直し、大気
放射・雲放射過程の導入を進める予定である。既にいくつかのスキームについては導入
が完了し、テストを実施している。今後は未だ導入されていないスキームの導入とテス
トを実施していく予定である。
(2) CReSSを用いたシミュレーション結果の検証方法の確立
日本域や熱帯海洋上を対象としてCReSSを用いた毎日のシミュレーション実験を実施し
ている。これらの結果に対して、地上観測データを用いた気温、風向・風速、降水量な
どの定量的な評価を実施する。現在、比較のためのシステム構築を行っている。また、
毎日のシミュレーション実験の結果に対してSDSU(Satellite Data Simulator Unit)
を用いたリトリーバルを実施し、衛星データから得られる雲頂高度や可降水量との比較
による定量的な評価を千葉大CEReSと共同で実施している。これらの検証を通じて、
CReSSの雲物理過程の改良に資するための情報を蓄積していく。
(3) CReSSへのデータ同化過程の導入
衛星データから得られる可降水量の水平分布から、シミュレーション実験の各格子点に
おける水蒸気の鉛直分布を推定し、データ同化を用いてシミュレーションの精度を向
上させる手法の導入を図る。既にナッジングを用いた同化手法は実施しているが、今
後、アンサンブルカルマンフィルタや3次元変分法を用いた同化手法の開発・テストを
行っていく。また、MPレーダから得られる降水域、ドップラー速度、偏波パラメータ
の同化手法の開発も行っていく。
(4) GCMのパラメタリゼーションのための検証用データの出力
GCMの大規模凝結過程において使用されるパラメータの確率密度分布の知見を得るため
に、CReSSを用いた毎日のシミュレーション実験の結果を用いて、同パラメータの標準
偏差や歪度についての値を得た。また、GCMの確率密度分布のパラメータを予報変数と
したスキームや雲氷を予報変数としたスキームの開発が進められていることを受けて、
対流システムの盛衰における確率密度分布パラメータや雲水と雲氷の割合の時間変化に
ついての参照データの出力も行った。現在は1ケースのみの出力であるが、対象領域や
ケースを増やして結果の一般化を検討するとともに、非断熱過熱プロファイルと組み合わせた議論を行っていく。
(5) 領域埋め込み非斉一(GCM-CReSS)結合モデルの開発と実験
雲解像モデルであるCReSSをGCMの指定された格子点に埋め込み、双方向計算を行なうこ
とでGCMの高精度化を目指す。CReSSが埋め込まれる領域を任意形状で指定できる事と、
埋め込まれたCReSS間での情報(境界値)のやり取りが可能となっている点が特徴であ
る。双方向計算を行なわない場合には任意領域におけるダウンスケーリングのシミュレー
ション実験となり、双方向計算を行なう場合には任意領域を対象としたスーパーパラメ
タリゼーションとなる。既にコード化といくつかのケース(北太平洋上の低気圧の移動
や梅雨前線)を対象としたテストの実施は終了している。今後は適用領域やケースを増
やして台風やMJOなどの現象を対象としたテストや、温暖化時の雲・降水システムを対
象とした実験を実施する予定である。